人の判断とは常にバイアスがかかっているのだと、冷静に考えることが必要だ。
少数派であっても、メディアでの露出が多かったり、発言が目立つと、多数意見だと勘違いしてしまう。

クジラ・イルカの問題でも、日本人の全てが、鯨肉を日常的に食べているわけではないし、
反捕鯨国と呼ばれる国の市民全てが、シーシェパードを応援しているわけでもない。

しかし客観的に考えようとしても、当事者とその支持者にとっては、感情的になるのは避けられないようだ。

日本の捕鯨関係者は、捕鯨と鯨肉食は日本の伝統文化であり、他国がとやかく言うものではないと主張している。
そして水産庁の担当者が食文化の話で例示するのが、オーストラリアでカンガルーを食用にしていることだ。

最近、岡田外相が、オーストラリアのスミス外相や、オーストラリアのメディアに対して、
この 「鯨肉食は日本の食文化」 という話をしたことが、様々なところで引用されている。

Radio Australia のインタビューは次の通りで、岡田外相の発言は英訳されている。
このインタビュー番組には、グリーンピース・オーストラリアの代表も参加して、意見交換が行われた。
http://www.radioaustralia.net.au/pacbeat/stories/200912/s2768625.htm

このインタビューの話はいろいろなところで引用されているので、ここでは特に取り上げない。

代わりに岡田議員の公式ブログから、12月28日 「調査捕鯨―互いの食文化を尊重して」 を紹介しよう。
http://katsuya.weblogs.jp/blog/2009/12/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E6%8D%95%E9%AF%A8%E4%BA%92%E3%81%84%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%92%E5%B0%8A%E9%87%8D%E3%81%97%E3%81%A6.html

【… 「日本の文化についてよく理解してもらいたい。日本の国民にとってクジラを食べるということは、
オーストラリア人にとってビーフを食べるのと同じようなものだ」と、冗談半分でそう言った
わけですが、
それまで非常に友好的に議論をしてきたスミス外相が、その瞬間に顔がこわばり、黙ってしまいました。
そういう大変センシティブな問題が、このクジラの問題なのです。

… オーストラリアの新聞社がインタビューにまいりまして、… この問題の質問を受けました。

… 「… 絶滅の危機に瀕しているクジラについて、これを捕らないというのは理解する。しかし、そうでない
クジラもある。そういうときに、『クジラは特別だから』という観点で、クジラを捕ることに反対をすると
いうのは違うのではないか。お互いそれぞれの国に文化があり、『食』というのは重要な文化の一部である。
日本人は先祖伝来クジラを食べてきた。オーストラリアにも、日本人なら食べないものを食べる文化がある
かもしれない。お互いそのことを理解するべきだ
」と申し上げたわけです。

… そのオーストラリアの新聞に社説が載りました。その彼(記者)が書いているわけですが、私が
申し上げたことと同じようなことを彼は主張していて、「もし、日本人がオーストラリア人の乗る船の
行き先をさえぎって、積んであるカンガルーの肉を問題だとして声をあげたら、オーストラリア人は
どう感じるだろうか。お互いの文化・食習慣を尊重すべきではないか」と書いてありました。 …】

ここでも岡田外相は、「捕鯨は日本の伝統文化、鯨肉食は日本の食文化」 という視点だけで、
調査捕鯨が海洋生態学研究として正しい手法なのか、税金の投入は妥当なのか、には興味がないようだ。

岡田外相は気付いていないようだが、オーストラリア野党・影の内閣の環境大臣 Greg Hunt は、
「調査捕鯨は科学研究ではなく、鯨肉確保が目的だと岡田外相が認めた」 とまで主張している。
http://www.greghunt.com.au/

前置きが長くなったが、岡田外相が言及したオーストラリアの新聞を探してみた。
内容からみて、多分 The Australian 紙の 12月17日付け Opinion だと思われる。
タイトルは、「Who says whales are spiritual?(クジラが神聖だと言っているのは誰?)」 だ。
http://www.theaustralian.com.au/news/opinion/who-says-whales-are-spiritual/story-e6frg71x-1225811211654

この論説では最初に、立場を逆にして、オーストラリア人に冷静に考えるように促している。
「カンガルーは殺してもよいが、クジラはだめ」 というダブルスタンダードに気付かせようとしている。
また、一部のオーストラリア人がクジラを神聖だと考えていても、他の皆がそうすべきだとは言えない、と。

【もし日本の活動家たちが、輸出の途上でカンガルー肉を台無しにしたときの怒りを、想像してみよう。
もしその海賊たちを東京のメディアが称賛したときの反応を、想像してみよう。そしてオーストラリア人は、
「我々はカンガルーを何世紀も殺してきたし、他国の文化を押し付けるな」 と、言うだろう。】

そして論説は、「日本では、持続可能な捕鯨は、漁業の別の形態に過ぎない」 とも書いている。

【持続可能な範囲内での捕鯨とは、漁業者がいつも行ってきたことである。
日本が主に捕獲している南極海のミンククジラが、過去20年間に激減したという確たる証拠はない。】

ここまでは、岡田外相の主張に沿った論説のように思えるが、最後に厳しいことを書いている。

【ある種について心配するのであれば、クロマグロに集中すべきだ。
大西洋のクロマグロは絶滅に瀕しており、太平洋では特に日本によって過剰に漁獲されてきた。】

岡田外相は、このマグロに関する記述には言及していない。
クジラとは関係ないから無視したのか、それとも元々読んでいないのか、それはわからないが。

この論説は、捕鯨の擁護ではなく、クジラよりも絶滅に瀕した種に目を向けさせることが目的ではないか
捕鯨を妨害する団体に寄付するよりも、サンゴ礁の保護や、養殖技術の研究に使う方が役立つし。

また、これは考えたくないが、捕鯨の妨害をやめて、マグロ漁の阻止を始めようというのだろうか。

日本の食文化にとっては、鯨肉よりもマグロなどの魚の方が、重要な地位を占めているはずだ。
マグロ類がワシントン条約の対象とならないよう、日本は漁獲規制の強化を主張しているが、間に合うのか。
ならば、調査捕鯨に使っている12億円を、マグロ資源管理や養殖推進に使うべきではないだろうか。

日本の食文化を守りたい岡田外相は、マグロやカツオなどの資源についてどう考えているのだろうか。

(最終チェック・修正日 2010年01月02日)