英日や独日の翻訳チェックで、肉眼とすべき訳語が裸眼になっていて、修正した経験が何度かある。

例えば、溶液の調製の説明で、「不溶物の有無を肉眼で判定する」となるはずが、「不溶物の有無を裸眼で判定する」となっていた。

「裸眼で判定する」という実験手順だと、眼鏡をはずしたとたんに見えなくなる人は困ることだろう。

日本人だからといって、翻訳者だからといって、言葉の定義を完璧に知っているわけではない。
それでも、有名な例だったり、翻訳の話題に登場する言葉については、知っておいてほしいと思うこともある。

この肉眼裸眼は、どちらも補助する器具を使わない点では共通しているが、どのような器具を使わないかに応じて使い分けている。

「肉眼」は、顕微鏡や望遠鏡などの光学機器を使わないことであり、「裸眼」は、眼鏡やコンタクトレンズなどの視力矯正器具を使わないことである。

ただし、ネット上で見つかる解説の中には、眼鏡を使わないことも肉眼としている場合がある。

また、理系の執筆者なのに、「肉眼」とすべきところを「裸眼」と書いている人もいるし、海外報道の和訳記事でも間違っていることがあるので、ネット検索結果をそのまま信用せず、複数の情報源で確認してほしい。

日本語では区別しているが、英語ではどちらも the naked eyeドイツ語でもどちらも bloßes Auge であることに注意してほしい。

この日本語と英語との違いについて話題にしている、野村益寛・北海道大学教授の研究紹介のサイトを参照してほしい。
www.let.hokudai.ac.jp/staff/nomura-masuhiro#1-2

ここまで、日本語では「肉眼」と「裸眼」とを区別するという前提で書いてきたが、英和辞典の語義説明を読んだだけではわからない。

ある英和辞典で naked eye を調べると、「[the ~] 肉眼, 裸眼」のみで、その区別はわからない。
別の英和辞典では、「[the ~] (眼鏡などを用いない) 肉眼, 裸眼」となっており、肉眼の定義を誤解する記載だ。
また、日本医学会医学用語辞典では、「肉眼」のみで、「裸眼」は採録されていない。

私が所有する独和辞典では、「肉眼, 裸眼」の併記もあるが、「肉眼」のみの方が多かった。

「肉眼」のみが載っている辞書だけを使っている人は、逆に、「裸眼」とすべきなのに「肉眼」と和訳するかもしれない。

ところで、この「肉眼」と「裸眼」については、大学院生のときの嫌な思い出がある。

私の研究対象の化合物では、反応が完了したことを反応溶液の色の変化で判断できることも多かった。

それで研究室内セミナーの資料に「The completion of the reaction can be determined by the naked-eye observation.」と、「肉眼でわかる」という意味で書いたところ、東大卒の助手からクレームがあり、削除を求められた。

そのクレームとは、
「naked eye は『裸眼』の意味だ。眼鏡をかけて実験したら当てはまらない」と。

私は「肉眼」の意味について説明して反論したが、その助手は「裸眼だ」と譲らない。
もめ事を嫌う教授の指示により、仕方なくその表現を削除することになった。

研究者は専門用語の厳密な定義についてうるさいことが多いが、私が経験した肉眼・裸眼論争は無意味なものではないか。
文脈で naked eye は肉眼だとわかると思うのだが。
訳語が裸眼しかないと信じている人には通じないのかもしれない。

これからも翻訳では様々な言葉に出会うことになるので、時間的余裕がないこともあるが、できるだけ幅広く情報を集めて判断したいものだ。

注意:4月1日発表の記事です!!

私は天文好きなので、国立天文台などのサイトをほぼ毎日訪問している。
アストロアーツのサイトも、天文ニュースを確認するためによく訪問している。
www.astroarts.co.jp/

今日は4月1日!
何か楽しいニュースはないかと訪問したところ、猫好きのためのモバイルアプリに関するリリースが出ていた。



----------
現在使用されている88星座の中に「ねこ座」は存在しません(注)。犬をモチーフとした星座は「おおいぬ座」「こいぬ座」「りょうけん座」と3つもあり、猫派の皆さんからは「犬だけずるい」「猫がかわいそう」「うちの猫を星座にしろ」などの意見が多数ありました。……
----------

どの記載が本当の情報なのか、調べてみるのも面白いだろう。

予約注文していた三修社・アクセス独和辞典第4版が2月28日昼に入荷した。
教会でいろいろと作業をしてから、帰宅する途中で紀伊国屋書店に寄って受け取った。

何度も書いている化合物名の Benzol は、新しい第4版でも第3版と変わらず、ベンゾール,ベンゼンの併記だった。

「ベンゾールと呼ぶのはやめよう」と主張しても、日本企業が出願している特許でまだ「ベンゾール」を使っているので、死語にはなっていないということか。

第4版で新しく採録された言葉から2つ例示しよう。
まずはデジタル時代に、ほぼ毎日行っていることを表す動詞である。

googeln [他動詞] 〔…4を〕グーグルで検索する

スペースが少し余っているので、「ググる」も記載してよかったのではないだろうか。

スペリングで気を付けたいのは、Google が元になっている動詞だが、googlen ではなく、 googeln が正しいということ。

DUDEN では 2004年に既に掲載されていたそうだが、10年以上経過してようやく日本の独和辞典でも採用されることになった。
2010年刊行の第3版では twittern は載っていたので、以前は使用頻度の差があったのかもしれない。

もう1つ最新の言葉として COVID-19 が採録された。
以前紹介したように、これは中性名詞で、ふつうは無冠詞で使うことも書いてある。

また関連して、Coronavirus コロナウイルス も採録されている。

他にも細かいことだが、語義解説の階層区分が変わっているところもあった。

例えば、動詞 sorgen は、第3版では 1 自動詞の説明が①と②であったが、そのうちの②が第4版では、②と③にさらに分けて説明してあった。

また、新正書法に関連した説明を枠で囲って掲載している点が、学習用としても推薦できる特徴だろう。

例えば、旧正書法での見出し語 daß は、第3版では単に dass の旧正書法 という説明のみだったが、第4版では = 新 dass の次に枠で囲った dass と daß という説明が追加されているのは、ドイツ語を習い始めた人にとって親切だ。

古い言葉も載っている辞書と、新しい言葉が載っているアクセス独和辞典と、どちらも大切にして併用していきたいものだ。

↑このページのトップヘ