大量の翻訳案件で忙しく寝不足の毎日だが、1回目納品分の推敲が終わったので、
昨日購入した大修館書店の「英語教育」3月号の特集記事を読んでいる。
特集のタイトルは、「今こそ異文化理解教育を!」 である。
[「英語で自分を表現する」ためには、リスニングやスピーキング
といった技能を身に付けさせるだけで十分だろうか。
国際化が進むなかで、今、日本人に本当に必要な異文化理解教育を考える。]
最初の記事が印象的であり、それは大谷泰照・名古屋外国語大学教授の
「異文化理解教育が今、日本に必要なわけ」 である。
大谷教授の著書には、同じような趣旨のものがある。
「日本人にとって英語とは何か 異文化理解のあり方を問う」 だ。
http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=21062
日本人の言語文化意識として、母語(日本語)一辺倒か、英語偏重か、という極端な動きを指摘している。
幕末には攘夷運動があったが、薩英戦争などで外国に敗れると、急に英語に擦り寄り、
そして欧米列強の仲間入りを目指して何でも模倣し、「英語国語化論」まで登場する。
しかし軍事大国化すると今度は「英語教育廃止論」が出現し、戦争中は「鬼畜米英」とまで言っていた。
ところが敗戦後は、急に英会話学習ブームがやってくる。
と思ったら、経済大国となると、中学での英語必修化に反対する勢力が出始め、
そして中学での英語授業時間数は週3時間にまで削減されてしまった。
その後のバブル崩壊・不良債権問題で、経済でもアメリカに負けてどん底に落ち込むと、
またまた英語に擦り寄る態度が見られ、小渕内閣では「英語第二公用語化論」が出現し、
文部科学省は「英語が使える日本人」の育成のために政策立案をするようになる。
日本語と英語の間で、ふらふらと往復しているだけの日本人は、歴史から何も学んでいないように見える。
ヨーロッパでは、EUの公用語は23ヶ国語もあり、学校での外国語教育では、
母語を犠牲にせずに、更に2ヶ国語の習得を目指している。
日本人が大好きな英語は、EUでは公用語の一つであるだけで、決して他を圧倒しているわけではない。
イギリスでも英語文化以外の世界を知るために、19言語も選択できるようにしている。
多様な文化・言語が共存することがヨーロッパの常識であり、
「日本語か、それとも英語か」、などと二者択一を迫るような、日本人の感覚は理解されない。
あのアメリカでさえ、9.11テロの原因として、異文化理解教育の不足を反省しており、
これまで関心の薄かったアラビア語や中国語などを重要語に指定して、教育を強化している。
それに対して日本人の多くは、英語を学べば国際化すると勘違いしているし、
国内で本当に必要なのは、留学生や労働者が増えているアジア系の言語の知識のはずだ。
しかしこのたび改訂が予定されている学習指導要領では、外国語で言及されたのは英語のみで、
これまでも教科として存在していたフランス語・ドイツ語だけでなく、中国語なども無視されている。
つまり文部科学省としても、これからの日本人は英語さえ勉強していれば国際的に通用すると考え、
私のように英語・ドイツ語の両方を使い、趣味で中国語・スペイン語を習う人は想定していない。
まあ、英語偏重の日本になれば、ドイツ語ができる私は有利な立場になるかもしれない。
それに私は非主流派でも気にしないので、独自の考えを公表していこうと思う。
特集の他の記事では、異文化理解教育の実践についても書かれているので、後で読んでおこう。
昨日購入した大修館書店の「英語教育」3月号の特集記事を読んでいる。
特集のタイトルは、「今こそ異文化理解教育を!」 である。
[「英語で自分を表現する」ためには、リスニングやスピーキング
といった技能を身に付けさせるだけで十分だろうか。
国際化が進むなかで、今、日本人に本当に必要な異文化理解教育を考える。]
最初の記事が印象的であり、それは大谷泰照・名古屋外国語大学教授の
「異文化理解教育が今、日本に必要なわけ」 である。
大谷教授の著書には、同じような趣旨のものがある。
「日本人にとって英語とは何か 異文化理解のあり方を問う」 だ。
http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=21062
日本人の言語文化意識として、母語(日本語)一辺倒か、英語偏重か、という極端な動きを指摘している。
幕末には攘夷運動があったが、薩英戦争などで外国に敗れると、急に英語に擦り寄り、
そして欧米列強の仲間入りを目指して何でも模倣し、「英語国語化論」まで登場する。
しかし軍事大国化すると今度は「英語教育廃止論」が出現し、戦争中は「鬼畜米英」とまで言っていた。
ところが敗戦後は、急に英会話学習ブームがやってくる。
と思ったら、経済大国となると、中学での英語必修化に反対する勢力が出始め、
そして中学での英語授業時間数は週3時間にまで削減されてしまった。
その後のバブル崩壊・不良債権問題で、経済でもアメリカに負けてどん底に落ち込むと、
またまた英語に擦り寄る態度が見られ、小渕内閣では「英語第二公用語化論」が出現し、
文部科学省は「英語が使える日本人」の育成のために政策立案をするようになる。
日本語と英語の間で、ふらふらと往復しているだけの日本人は、歴史から何も学んでいないように見える。
ヨーロッパでは、EUの公用語は23ヶ国語もあり、学校での外国語教育では、
母語を犠牲にせずに、更に2ヶ国語の習得を目指している。
日本人が大好きな英語は、EUでは公用語の一つであるだけで、決して他を圧倒しているわけではない。
イギリスでも英語文化以外の世界を知るために、19言語も選択できるようにしている。
多様な文化・言語が共存することがヨーロッパの常識であり、
「日本語か、それとも英語か」、などと二者択一を迫るような、日本人の感覚は理解されない。
あのアメリカでさえ、9.11テロの原因として、異文化理解教育の不足を反省しており、
これまで関心の薄かったアラビア語や中国語などを重要語に指定して、教育を強化している。
それに対して日本人の多くは、英語を学べば国際化すると勘違いしているし、
国内で本当に必要なのは、留学生や労働者が増えているアジア系の言語の知識のはずだ。
しかしこのたび改訂が予定されている学習指導要領では、外国語で言及されたのは英語のみで、
これまでも教科として存在していたフランス語・ドイツ語だけでなく、中国語なども無視されている。
つまり文部科学省としても、これからの日本人は英語さえ勉強していれば国際的に通用すると考え、
私のように英語・ドイツ語の両方を使い、趣味で中国語・スペイン語を習う人は想定していない。
まあ、英語偏重の日本になれば、ドイツ語ができる私は有利な立場になるかもしれない。
それに私は非主流派でも気にしないので、独自の考えを公表していこうと思う。
特集の他の記事では、異文化理解教育の実践についても書かれているので、後で読んでおこう。