2019年08月

特許翻訳をしていると、ほぼ毎回、原文誤記に出会う。
単なるスペルミスの場合もあるが、それが実在する単語になっていると、誤記のまま翻訳することになる。
そして翻訳メモをクライアントに送付して、対応してもらうことになる。

今回取り上げる誤記では、化合物の構造式が間違っているのか、それとも化合物名が間違っているのか、判断に迷った。

その特許を具体的に示すことはできないが、世界的に有名なドイツ企業が出願した化学系の特許だ。

明細書と請求項に、窒素ヘテロ環の 1,3,5-トリアジン(独 1,3,5-Triazin)の誘導体の構造式が記載されていた。
トリアジンは、下図に示したように六員環である。

しかし、本文に記載された化合物名は、五員環のトリアゾール(独 Triazol)であった。
下図には、異性体の1つ 1,2,4-Triazol を示した。




この場合、化合物名が間違っているのか、それとも構造式が間違っているのか、翻訳者に判断できるだろうか。
私は化学で博士号を持っている翻訳者であるが、すべての研究分野を熟知しているわけではない。

ということで、この分野の研究について調べてみると、トリアジンを利用した研究がたくさん見つかった。
特許だから、今まで利用していなかったトリアゾールを使っているとも考えられるだろう。
しかしこの特許は、化合物特許ではなく、利用方法の特許なので、既存の化合物であるトリアジンを使っていると判断した。

最終的にはクライアントが判断するわけだが、とりあえず原文ママで「トリアゾール」と和訳して、誤記の可能性に気づいたということを、翻訳メモに記載して提出することにした。

理系人材が翻訳業界に参入する利点の説明に使えるだろうか。

ヤフーブログの記事を残すために、過去記事を移行しました。
サービス終了とは無関係に、粘着コメントを避けるためにも、数年前から別のブログサービスも併用しました。
その併用しているブログサービスをメインとし、その記事の中から重要だと思うものを、ライブドアブログに転載します。


【2019年06月22日投稿記事の転載】

雑誌「英語教育」の連載の1つ、「AI技術と外国語学習の未来」を毎月興味深く読んでいる。

2019年7月号では、6月号の続きで、「機械翻訳の現状と展望(後編)」。

機械翻訳の精度・品質が向上した場合、近い将来に外国語の勉強が不要になるのではないか、という言説が出回っているようだ。
しかし、この記事では、「外国語を学ぶ必要のない未来は来ない」という結論である。

これまで指摘されているように、機械翻訳は予測不能な間違いを犯すため、完全に信頼できるシステムではない。
精度が向上したとしても、「どこかに間違いがあるかもしれない」という前提で利用するものだ。

機械翻訳を利用したポストエディットという新しい業務が生まれたが、マッチ率が高い言語間、例えば、英語-ドイツ語の機械翻訳でも、作業時間の軽減は、平均すると10~20%程度と、期待したほどではない。

マッチ率が99%を超えたと報告されても、どこかに間違いがあると意識してポストエディットをするため、一見すると正しい翻訳であっても、1語ももらさずに対応をチェックするので、時間がかかってしまう。

人間の言語を処理するAIに共通して、「常識の壁」という課題がある。
人間が無意識に事柄を分類している常識のすべてを、AIに教えることは、実際には不可能だ。
だから、出力された翻訳文を人間がポストエディットした方が、実用的である。

また、意味内容を正確に翻訳していても、その背後にある意図まではAIにはわからないのではないか。

日本語の「前向きに検討します」は、「具体的に対策を進めます」という意味ではなく、「とりあえず考えておきます」程度の意味であることは、日本社会で暮らしていると理解できるが、機械翻訳で外国語にしたときに、そのような裏の意味を伝えることはできないだろう。

機械翻訳に対して過度に期待している人たちに冷静になってもらうためにも、最後の個所をそのまま引用しよう。

【ましてや現実には、100%正しい機械翻訳がすぐに手に入ることは期待できない。結局のところ、まったく外国語を学ばない人は、機械翻訳をうまく使いこなせないのではないかと思う。少なくとも翻訳間違いに気づける程度の外国語の知識を持ち、他国の文化についての学びを怠らない人こそが、機械翻訳の恩恵を最大限に受けるのではないだろうか。】

↑このページのトップヘ