2019年09月

ドイツ語の特許や自然科学系の記事でも、接続法を目にすることがある。

ほとんどの場合、「~と言われている」や、「~の場合に~であったと思われる」などの、第三者の意見の引用や、断定を避ける外交用法(婉曲用法)である。

今回は、太陽系外惑星に関する Max Planck 研究所の発表から、dürfen の接続法Ⅱ式、dürfte の使用例を引用しておこう。
www.mpia.de/aktuelles/2019-06-GJ3512b

Astronom*innen des CARMENES-Konsortiums haben einen neuen Exoplaneten entdeckt, der nach derzeitigem Wissensstand nicht existieren dürfte

CARMENESコンソーシアムの天文学者らは、現時点の知識水準によればおそらく存在しないであろうとされていた新しい系外惑星を発見した。

小学館独和大辞典第2版の説明は次の通り。
((話し手の推定を控え目に示す.否定はつねに推定の内容にかかる)) おそらく…だろう,…であるといってよいだろう

機械翻訳の精度が向上しているという話を頻繁に聞くようになった。
すべての分野ではないが、機械翻訳の導入に伴ってポストエディットなどの新しい業務が発生し、翻訳者の働き方が変わることになるだろう。

私が取り組んでいるドイツ語特許翻訳では、クライアントから一度に何件も問い合わせが来ても、もともと人材不足のため、納期延長ができない場合は、残念ながら断ることも多い。
フリーランス翻訳者を募集しても、すでにどこかで専属になっているのか、ほとんど応募がない。
ドイツ語の特許翻訳講座もいくつかあるが、それでも養成が間に合わないので、機械翻訳を導入するしかないだろう。

機械翻訳の精度が上がっても、最終的には人間が確認することになるので、翻訳者が不要になるという世界は来ない。
ポストエディットという新しい仕事に適応するだけではなく、機械が苦手とすることを担当するようになるだろう。

機械が苦手なことの1つに、専門知識を活かした的確な訳注の作成が挙げられるだろう。
化学であれば、図示された構造式と化合物名が一致しないなどの、原文の記載ミスの指摘がある。

画像認識技術が発達すれば、機械が構造式を認識して化合物名を自動作成し、本文中の化合物名と照合するようになるかもしれない。
しかし、構造式と化合物名のどちらが間違っているのか、その研究分野の関連文献も調査して判断するのは、人間の方が優れているだろう。

ドイツ語で書かれた太陽光発電の文書で、太陽光発電パネル表面の汚れの例示に grüne Zellen (英:green cells、日:緑色の細胞)が出てきた。

この「緑色の細胞」について調査すると、「コケ・藻類」のことだった。

人間翻訳者は、原文ママで「緑色の細胞」と和訳したとしても、「具体的には何を指すのだろうか」と考えるはずだ。
そして、原文ママで和訳して訳注を付けるか、それとも具体的に「コケ・藻類」と意訳するか、というところまで考える。
しかし、機械は原文ママで和訳するだけで、気を利かせて訳注を作成することはないだろう。

人間が行う作業をすべて機械で置換するのではなく、お互いが補完し合う、新しい翻訳業務の形態を目指してほしい。

昨日24日に、日経電子版に【AI翻訳「人間超え」へ 技術が急発展】という記事が出て、翻訳関係者が様々な反応を示している。
www.nikkei.com/article/DGXMZO49000580W9A820C1000000/

続いて本日25日には、自動翻訳の記事の抜粋が掲載された。
www.nikkei.com/article/DGXMZO4900070026082019000000/

いずれも日経エレクトロニクス9月号に掲載された記事で、1か月前に発行されていた。
再構成された記事が無料で日経電子版に掲載されて、多くの人の目にとまったことで、この2日間でツイッターも含めて多様な反応が見られた。

元の記事は2部に分かれていて、記事ごとにPDF版を購入してダウンロードできる。
本日はまだ消費税8%なので、1本432円だ。
話題になっているので、日経BPのサイトから2本とも購入して読んだ。

他の人たちが指摘しているように、機械翻訳推進側に偏った内容であることは否定できない。
技術の進歩を紹介することが主目的なのだが、AI翻訳が発展したとしても、原理的に実現できないと指摘されていることにも触れてほしかった。

機械翻訳では、文脈を無視していることに加えて、人間が持つ常識や暗黙の了解、感情や文化的背景を反映しないので、ありえない翻訳結果を出力することがある。

そのような特徴があるためか、ネット上には、機械翻訳を利用したと思われる誤訳例が披露されていて、機械翻訳否定派は、このような致命的な誤訳をネタにして、機械翻訳が使えないと、ことさらに強調しているようだ。

例えば、「お子様は食べないように」を Google 翻訳で英訳すると、Do not eat children. と、人間の常識ではありえないものになる。

この常識外れの誤訳というのが、人間による誤訳とは異なるパターンの誤訳の発生であり、これが特徴でもある。

文脈に応じた単語の使い方を学習するBERTが出現したものの、人間の常識を学習させるために、「〇〇は食べ物ではない」または「××は食べ物である」という情報をすべて学習させることは現実的ではない。

そのため、この特徴を知ったうえでポストエディットができる、新しい翻訳人材(ポストエディター)の育成が必要になる。
私が関わる特許翻訳では、人材不足ということもあり、機械翻訳を利用しなければ大量の業務をさばききれない。
ドイツ語翻訳では、もともと人が少ないし、その中から理系知識が必要な特許翻訳をやろうという人は、さらに少なくなる。

ポストエディターも含めた翻訳人材の育成は、特にEUの大学で専門的に行われているが、日本の大学ではほとんど見られない。
関西大学の山田優教授は、数年前からポストエディターの育成の研究をしているが、なかなか広がらない。

山田教授は、京都で行われるTCシンポジウムで、ポストエディターの育成について講演する。
「ポストエディターの素養と涵養〜~国際標準のポストエディットを目指して~」

山田教授のブログ記事を参照してほしい。
ameblo.jp/chuckmy/entry-12528539285.html

私はこのシンポジウムに参加しないので、参加した人から情報をもらおうと思う。
また、機械翻訳を利用する翻訳会社で山田教授と連携して、社内翻訳者やフリーランス翻訳者の研修も行いたいものだ。

語学の勉強が不要になるとか、翻訳単価が劇的に削減できるなどの、極端な意見ばかりに注目しないでほしいものだ。

機械翻訳の導入に賛成かどうかではなく、どのように利用すれば、業務の効率化に貢献できるのかを議論したい。

最近、ある翻訳講座について話題となり、講師のTwitter投稿を遡って読んでみた。
特許翻訳は教えていないようだし、英語だけでドイツ語はやっていないので、受講者が将来、私の業務を助けてくれることはなさそうだ。

投稿を読んで気になったのは、ビジネスマナーについて誤解を招く表現があることだった。
投稿した本人からすれば、そんな意図はないと言いたいのかもしれないが、言葉を扱う職業として不注意だと思う。
相手にどのように伝わっているのか、私も会報に原稿を書くこともあるので、自分のことを反省する意味でも記事にしておこう。

実際の仕事を受注するにあたり、対応できる内容と納期なのかどうかを判断しなければならない。
その講師の投稿によると、最初の頃は見極めが難しくて、徹夜で納期に間に合わせたこともあるそうだ。

そして特に気になったのは、次の2点である。

1) 依頼が来たらできなくても「できる」と言ってから、必死に勉強すればいい。
2) 間に合わないときには納期数日前に正直に言って、他の方に頼んでもらえばいい。

トライアルに合格しても、実際の仕事のワード数ははるかに多いし、すぐには理解できない内容のこともあるだろう。
得意な分野であっても、調査に時間がかかることはよくあることで、知らない分野はもっと時間がかかる。
できないのに「できる」と言って、自分のレベルを偽って受注するのは、発注側のことを考えていない。

必死に勉強すればいいと言っても、簡単なネット検索や書籍の読み込みで対応できればよいが、リスクがありすぎる。

もし、間に合わないと正直に言うとしても、1000ワードだけ引き継いでほしいなど、具体的な対応例も書いておかないと、誤解して、全部投げ出してしまう人もいるのではないか。

納期ギリギリはアウトとも書いているが、数日あれば余裕があるから許されると勝手に解釈して、本当に受講生にこのような対応を教えているのだろうか。

確かに、間に合わないことが早めにわかれば、発注側も対応できるかもしれないが、翻訳者の緊急手配など余計な仕事を発生させて、何とも思わないのだろうか。
他の投稿ではプロとしての心構えなど厳しいことも書いているが、これはプロ意識が高い人の発言だろうか。

急病や災害、家族の不幸などではなく、自分の能力を超える案件だからキャンセルしても大丈夫などと教えてよいのだろうか。
英語の翻訳ならば、すぐに代わりが見つかるとでも思っているのか。
それとも、もし契約が切られても、別の翻訳会社を探せばよいとでも思っているのか。

数年前に数名で分担して英日翻訳をしていたとき、納期当日にキャンセルの連絡をしてきた翻訳者がいた。
文句を言っても仕方ないので、私も含めて、そのプロジェクトに参加していた残りの数人で手分けして和訳したことがある。

そんなことを言う私も10年ほど前、交通事故で骨折したため、25万円の案件を受注2日後にキャンセルしたことがある。
このときはある外資系企業の翻訳プロジェクトに参加していて、他のメンバーにファイルを引き継いでもらえた。

このように対応してもらえることもあるが、いつも可能というわけではない。

人数の少ないドイツ語翻訳では、キャンセルされると、もっと大変だ。

私は社内翻訳者としてドイツ語特許翻訳を担当しているが、人手が足りないので、納期によっては契約フリーランス翻訳者に和訳を頼むことがある。
1件を私が和訳している間に、同時に別の1件を処理してもらえれば、1人で2件処理するよりも早く納品できる。

しかし、納期4日前に、翻訳者からキャンセルの連絡があり、1ワードも和訳していない状態で引き継いだ。
文句を言っても和訳が自然に出現するわけではないので、作業中の案件を中断して、3日かけて急いで和訳して納品したことがある。
私が担当していた案件が予定より早く進んでいたので対応できたが、もし納期前日だったら徹夜だったかもしれない。

依頼を断ったために二度と問い合わせが来なかったという話も聞くが、できないことでも「できる」と返事をしてから必死に勉強すればいいという、普遍性があるとは思えない教えを信じる翻訳者が存在するということは、発注側としても恐ろしい現実だ。

こんな翻訳者を量産しようという翻訳講座があるのだから、人間を信用せずに、機械翻訳+ポストエディットで対応しようという翻訳会社が現れても不思議ではない。

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