2020年05月

自称1000万円翻訳者・浅野正憲の怪しい講座について、私も含めて批判を続けている翻訳関係者は一定数いる。

2019年の翻訳祭の後に、私の翻訳会社でも1度話題になったが、今ではもう相手にしていない。
日常の業務が忙しいし、特許翻訳には参入する能力はないようだし、ドイツ語翻訳にも無関係なので、いずれ自然淘汰されるだろうと思っていた。

しかし、語学力が足りないだけではなく、守秘義務などのビジネスマナーすら身につけていない人たちが増産されているため、ドイツ語翻訳には無関係などと言って傍観してはならないと感じた。

最近は中日翻訳にも参入したようなので、ドイツ語翻訳もいずれは標的になるかもしれない。
彼が勧める企業のウェブサイトや製品マニュアルの和訳は、私も年に数件受注しているからだ。

「自分に無関係の人たちが被害に遭っているだけだ」などと傍観しているうちに、いつの間にか自分の身が危うくなっているかもしれない。
そのときに慌てて反対意見を言っても、もう遅いことになる。

仕事が終わってから、または休日の勉強の合間などに、微力ながらこのブログで批判記事を書いてきた。
それは、不正を行う翻訳者は、本人が損をするだけにとどまらず、関係した多数の人々を巻き込んでしまうからだ。

それでも、批判記事について、誹謗中傷ばかりしていると言う人はいるし、翻訳で毎日忙しいはずなのに書く暇がよくあるものだとか、非生産的な行為だとコメントする人もいる。
同業者から言われてしまうこともあるので、自称1000万円翻訳者は、立場を理解してもらえたと誤解することだろう。

私には、怪しい翻訳講座を凌駕するほどの大規模セミナーを開催する能力はないかもしれないが、できる範囲でJTFのセミナーや学会でも発表しているし、機械翻訳に関する雑誌記事にも協力している。

また、ブログを通じて連絡のあった方にドイツ語勉強法を伝えたり、ドイツ旅行に行く方には旅行会話を教え、神学生にはルター聖書などの解説もしたことがある。
私は、自分にふさわしい場所で、適切な方法を用いて、ドイツ語の普及に貢献しようと努力している。
その努力は、あまりにも小さく目立たないものだが、「呼ばれた場所で働く」という基本姿勢で取り組んでいる。

それで、私が一番気にしているのは、語学力の問題よりも、守秘義務や著作権保護などのビジネスマナーの件だ。

インサイダー情報に触れることもある翻訳者は、例えば、多言語による世界同時発表のプレスリリースなどの翻訳で、発表前に機密情報を知ることもある。
その講座の受講生のように、疑問点があるからといって講師に見せて相談したら、とんでもないことになるだろう。

私が一番被害を被ったと感じたのは、字幕翻訳チェック案件での著作権侵害事件だ。

過去に他の劇場で公演されたことがある演目だが、世界的に有名なクライアントの劇場は、完全にオリジナルの字幕を依頼してきた。
しかし、私には時間的余裕もないので、他の翻訳者に依頼してもらい、チェックを担当することになった。
その翻訳者は、ネット上に公開されていた演劇ファンによる台本の和訳をそのまま使った。
私はそれに気づかずにチェックして納品してしまった。

数か月後に翻訳者の違法行為が発覚して、チェック料金の$132を返金することになった。
私はそのとき、「この翻訳会社との取引も終わってしまうのではないか」と、とても不安になってしまった。
不正行為に加担した翻訳者として告発サイトに登録されたら、もう続けられないとまで考えていた。

運よく私へのドイツ語和訳の依頼は続いているものの、翻訳会社は、そのクライアントとの取引が今後一切できなくなったはずだ。
その字幕を使ったクライアントが著作権侵害をしたことになり、もし訴えられていたならば、翻訳業務の違約金だけで済むことはないだろう。

1人の手抜き翻訳者の安易な行為で、クライアント、翻訳会社、チェッカーが巻き込まれ、取引が続いていれば得られたであろう将来の収入までも消えてしまった。

機械翻訳よりもひどい翻訳を納品する人もたまにいて、チェッカーの料金が安すぎると文句を言いたくなることもあるが、違法行為をしていないだけましかもしれない。

ただ、あの怪しい翻訳講座では、講師本人がビジネスマナーを教えていないので、どこかで同様の事件に巻き込まれるのではないかと危惧している。

私のブログや他の SNS 投稿に対して非生産的な批判を繰り返していると言う人も、知らないうちに自分の身に降りかかるリスクを考えた方がよいと思う。

新型コロナウイルス感染症COVID-19に対する治療法の開発が世界各国で進められている。
既存薬が使えるかどうか既に試験的に投与されているし、ワクチン候補の臨床試験も開始されている。
効果がはっきりしない場合もあるようだが、短期間であっても様々なデータが蓄積されている。

5月8日には学術誌 Lancet に、3剤併用による Phase 2 の報告が出た。
ロピナビル(lopinavir)-リトナビル(ritonavir)合剤、リバビリン(ribavirin)そしてインターフェロンβ-1bの組み合わせである。

論文へのリンクは次の通りで、無料で全文公開されている(PDF でダウンロード可能)。
www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31042-4/fulltext

ロピナビルとリトナビルの合剤は、元々HIVの治療に使われていて、商品名はカレトラである。
以前流行した SARS ウイルスに対して、抗ウイルス薬のリバビリンと併用して効果が見られたため、今回の新型コロナウイルス SARS-CoV-2 にも効くと期待されていた。

今回は、さらにインターフェロンβ-1bを加えた方が良い結果だという。

HIV治療薬が候補であることは、日本でも報道されていたと思うが、最近はアビガンばかり注目されているようだ。
安倍首相は、記者会見も含めて、何度もアビガンに言及している。
ただし、現時点でアビガンに前のめりになることは、選択肢を狭めてしまうのではないかと危惧される。

The New York Times の5月5日の記事では、"The prime minister has glossed over one crucial fact:(安倍首相がある重大な事実をごまかしている)" と批判している。
www.nytimes.com/2020/05/05/business/japan-avigan-coronavirus.html

東洋経済オンラインでは日本語訳記事が5月9日に公開されている。
【全文和訳ではないことに注意。削除箇所は英語オリジナル記事で確認してください。】
toyokeizai.net/articles/-/349269

安倍首相が推しまくるアビガン「不都合な真実」 ヒトの病気に対する効果を示す研究は少数

ここで気になる記述をいくつか引用しておこう。
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しかし安倍氏は、ある重要な事実をごまかしている。ビガンが実際に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して効果を発揮するという確たる証拠はないという事実だ。アビガンは、動物実験でこそエボラ出血熱など致死性の高い病気を治療する可能性を示したが、ヒトの病気に対する効果を示す研究はごく少数にとどまる。

安倍首相がアビガンを宣伝することで、慎重に行われるべき医薬品の承認プロセスが国家のリーダーによる異例の介入によってねじ曲げられるのではないか、との懸念が強まっている。

安倍氏はなぜここまで強くアビガンを推すのだろうか。その理由は定かではないが、日本の一部メディアは安倍氏と富士フイルムの古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)との親密な関係に触れている。首相の動静記録によると、2人は頻繁にゴルフや食事を共にしており、最後に会ったのは1月17日だった。
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アビガン以外の既存薬でも臨床試験が計画されているが、安倍首相のアビガンへの前のめり発言は異様に感じる。
効果が見られたという報告もあったが、現時点では、効果ははっきりしないという意見の方が優勢だ。

ただ、感染初期の患者には効くのではないかという意見もあり、期待する医療関係者も、副作用に配慮した条件付きで、アビガンを投与できるように求めている。

ただし、アビガンが無効だった場合に備えて、他の治療薬候補にも同程度に予算を投入して推進すべきではないか。
日々情報が更新される研究段階では、アビガンばかりに傾倒するのはギャンブルでしかない。

国内開発の医薬品を推して、「日本はすごい」と外国人に言わせたいテレビ番組と同じノリなのだろうか。

アビガンにこだわる理由が、富士フイルムの古森会長とゴルフをする仲だからというのは困ったものだ。
PCR関連の機器や試薬も含めて、ライフサイエンス分野を強化したい富士フイルムには好都合なことだろう。

実は、和訳で削除された箇所がある。

そこには、「国際感染症緊急事態への国際貢献に係る専門委員会」に呼ばれた民間企業が富士フイルムのみであることが書かれている。

そして、富士フイルムが用いた説明資料のリンクも New York Times では示されているが、東洋経済オンラインにはない。
www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/kokusaikouken_senmon/dai1/siryou3-3.pdf

この箇所を和訳で削除した理由は不明だ。
ちなみに、2月17日開催の専門委員会の議事次第は次のリンクから。
www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/kokusaikouken_senmon/dai1/gijisidai.pdf

他の候補薬についても検討すればいいのに、時間的制約があったのか、富士フイルム富山化学株式会社だけだ(議事次第での会社名が間違っている)。

公開されている事実なのに、わざわざ削除する意図が不明で、編集部に対する疑念も生じてしまう。
編集権は編集部にあるとしても、せっかく和訳した翻訳者の努力も尊重してほしいものだ。

東洋経済オンラインで和訳記事を公開してくれたことに感謝している人も多いが、全文和訳ではないことに気づいてほしい。
署名記事なのだから、本来はそのまま和訳すべきではないか。

記事が書かれて以降に新事実が報告されていたり、理解を助けるために補足したければ、それは2ページ目と同様に「編集部注」として追加すればいいのに。

訳抜けも含めて、このようなことが起こるので、オリジナルを確認するためにも、外国語を学ぶ意義は大きい。

私は個人的体験から、富士フイルムを信用していない。
以前は特徴ある写真フィルムを愛用したこともあるが、言い過ぎだと批判されたとしても、とにかくある体験から信用していない。
アビガンを信用しないというよりも、安倍首相が信じ込んでしまう状況を作ったと疑われるような会社なので、不信感を持っている。

また、催奇形性という副作用も、アビガンが使いにくい薬であるということを示している。

私は子どものときにサリドマイド事件のドキュメンタリー番組を観て衝撃を受けたし、姉が体に合わない薬を20年近く処方されて副作用に苦しんだので、特に慎重になってほしいと言いたい。

他国と比較しても意味はないかもしれないが、物理学博士のメルケル首相だったら、安全性にも配慮して決断するのではないかと思う。

具体的なデータに基づかず、根性ワードばかりの演説をする首相を持った日本国民は、不幸かもしれない。

自称1000万円翻訳者・浅野正憲(敬称略)の在宅翻訳宣伝ブログは、ほぼ毎日、類似した内容の記事が投稿されている。
ネット検索で上位に表示させるための対策を怠らないようだ。

記事の内容は、これまでも指摘されているように、言葉を扱う翻訳者が書いたとは思えないレベルだ。
誤訳や誤記だけはなく、根拠不明の数字が出てくるので、「間違い探しクイズ」をやっている気分にもなる。

このような不適切な記事を大量投稿して、誤訳も修正しないのはなぜだろう。
もしかすると、記事内容が間違っていると判断できない人だけを誘導するための、フィルターの役目かもしれない。

もし、記事の間違いを指摘できる人が翻訳講座に入ってしまうと、浅野正憲の教える内容が間違っていることを指摘されてしまう。
それは面倒なことなので、記事の内容を鵜呑みにする人だけを対象にすれば、誤訳を教えてもばれないと思っているのかもしれない。

あるいは、「これだけひどい内容の記事を信じたのだから自己責任だ」、と言いたいのかもしれない。

そして本日5月9日投稿の記事でも、以下のように、理解不能な記載があることを指摘されている。
引用したツイッターでは、時差の換算ができていないことを指摘している。
実際に記事中から引用しておこう(赤下線を追加)。

UTC.jpg  

翻訳案件の打診では、当然ながら希望納期が提示されている。
この場合は、協定世界時(UTC)で8月11日午後1時だ。

日本標準時(JST)に換算するならば、世界時計を見てもいいし、単純に時差+9時間で午後10時となる。

この時差の換算を間違えると、納期を過ぎているのに納品していないという恐ろしいことになるので、翻訳者は誰でも慎重に計算するものだ。

私が取引している海外の翻訳会社の1つは、中国支社があるため、以下の例のように、東アジア地域の翻訳者には北京時間BJTで納期を提示している。
BJT2.jpg       

浅野正憲の取引先の1つだと言われている大手翻訳会社は、アメリカ東部時間帯の都市にオフィスがある。
UTC午後1時は、アメリカ東部夏時間では-4時間で午前9時だから、通常の営業開始時までに翻訳がほしいということだ。

アメリカの株価を気にしている人ならば、夏時間の時期に、日本の午後10時半過ぎにはダウ平均の速報が入るので、この時差は体感的に理解できるだろう。

ところが、メールの下に示された日本語の説明では、「納期8月11日正午となっていて、この翻訳者(多分浅野正憲)の所在地は日本ではないらしい

8月にUTC-1となる標準時を探すと、例えば、カーボベルデ標準時があり、夏時間は採用していない。

カーボベルデ共和国は、大西洋にある島国で、北西アフリカの西沖に存在する。
ブログなどに書かれた浅野正憲の経歴では、カーボベルデに住んでいたとは思われないので、明らかに誤記だ。

午前1時と勘違いしていても、日本時間は正午にはならない。

または、UTCの意味を知らず、JST+1時間のグアムやオーストラリア東部時間帯のオフィスから依頼されたと勘違いしていたのだろうか。

計算間違いではあるが、幸いにして実際の納期よりも10時間も前に納品することになるので、納期遅れとはならない。
ただ、この10時間があれば、細かいことの裏付け調査も追加可能なので、急いで納品することもない。

時差の計算すらできない人に、重要な翻訳案件を高レートで頼むとは思われない。

また、そのレートについても変だとの指摘が相次いでいる。
12~15円という提案があったわけでもないのに、日本語の説明に突然出てくる。
1週間で20~25万円にするために、ワード数から逆算しただけの架空の数字だ。

私は外資系企業との直接取引で、英日翻訳のワード単価20円前半を経験しているから、この金額は達成可能ではあると思う。
しかし、例示した案件とは全く無関係のワード単価を持ってくるのは、騙す気満々と言われても仕方ない。

単純な時差の計算はできないが、騙すための計算は得意なようだ。

もう1つ嫌味を言えば、2017年のメールではなく、2020年の案件で例示してほしいものだ。
1000万円を稼ぐ売れっ子翻訳者なのだから、新型コロナウイルス流行時で日本が連休のときにも、大型案件を受注しているはずなのだから。

古いメールしか出せないということは、もう翻訳をしておらず、初心者を騙して儲けることに専念しているということなのだろうか。

翻訳関係者は、今後は間違い探しクイズとして、「この記事には疑問点が4箇所含まれています。どこでしょう」と出題して、正解者には無料添削サービスでもしてはどうだろうか。

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