大学院で研究していると、学会発表や学位審査などのためにOHP資料を作る。
日本国内での発表でも、図表のタイトルや見出しなどは、英語で書くことが多い。

何もかっこつけてるわけではなく、そのまま国際学会での発表や、
論文の執筆に流用できるので、英語で書いた資料をストックしておくのだ。

研究室には留学生やポスドクもいるため、発表資料だけでも英語にしておくと、
全員が共通した理解を持つことができるので、非日本人が疎外されることも少ない。

また、海外留学をするときに英語能力の証明書を要求されることがあるが、
博士学位論文を英語で執筆した場合は、証明書に代えることができるので便利だ。

私は、所属する研究室が発足した初年度の配属であり、教授からは、
最初の卒論発表や学会発表資料を、英語で書くことを期待された。

それに研究室発足後、5人目の博士で、初めて英語で博士論文を書いたし、
最初の雑誌論文は分担したが、残り3報は第一著者として原稿全体を書いた。

そうした実地訓練のようなもので、ネイティブ添削も含めて、化学英語の書き方を学んでいった。



私の研究対象は、たまたま有色化合物で、反応の進行は、溶液の色の変化でモニターできた。
このときは、反応溶液の色が、紫から茶色、そして緑色になることを強調したかった。


そこで、"The reaction was monitored by naked-eye observation." とした。

すると助手が、"naked-eye observation" という表現に噛み付いた。

私は、「検出装置を使わず、色の変化を 『肉眼で』 観測できるという利点の強調です」 と説明した。

眼鏡をかけたその助手は、「眼鏡を使ったときは 『肉眼』 とは言わない」 と反論した。

いつまでも食い下がってしつこいので、教授の仲裁で、仕方なく別の表現にすることで落ち着いた。

眼鏡生活をしているし、東大卒のプライドで、「裸眼」 という意味が優先すると譲らなかったわけだ。

他にも、「俺の英語知識の方が上で正しい」 と、勝手に張り合ってくる奴はいた。
威張るために英語を勉強するわけでもないのに。

英語を小学校から導入しても、元の性格まで変えるわけではないので、
これからも、似たような勘違い野郎と出会うことだろう。