新型コロナウイルス感染症COVID-19に対する治療法の開発が世界各国で進められている。
既存薬が使えるかどうか既に試験的に投与されているし、ワクチン候補の臨床試験も開始されている。
効果がはっきりしない場合もあるようだが、短期間であっても様々なデータが蓄積されている。

5月8日には学術誌 Lancet に、3剤併用による Phase 2 の報告が出た。
ロピナビル(lopinavir)-リトナビル(ritonavir)合剤、リバビリン(ribavirin)そしてインターフェロンβ-1bの組み合わせである。

論文へのリンクは次の通りで、無料で全文公開されている(PDF でダウンロード可能)。
www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31042-4/fulltext

ロピナビルとリトナビルの合剤は、元々HIVの治療に使われていて、商品名はカレトラである。
以前流行した SARS ウイルスに対して、抗ウイルス薬のリバビリンと併用して効果が見られたため、今回の新型コロナウイルス SARS-CoV-2 にも効くと期待されていた。

今回は、さらにインターフェロンβ-1bを加えた方が良い結果だという。

HIV治療薬が候補であることは、日本でも報道されていたと思うが、最近はアビガンばかり注目されているようだ。
安倍首相は、記者会見も含めて、何度もアビガンに言及している。
ただし、現時点でアビガンに前のめりになることは、選択肢を狭めてしまうのではないかと危惧される。

The New York Times の5月5日の記事では、"The prime minister has glossed over one crucial fact:(安倍首相がある重大な事実をごまかしている)" と批判している。
www.nytimes.com/2020/05/05/business/japan-avigan-coronavirus.html

東洋経済オンラインでは日本語訳記事が5月9日に公開されている。
【全文和訳ではないことに注意。削除箇所は英語オリジナル記事で確認してください。】
toyokeizai.net/articles/-/349269

安倍首相が推しまくるアビガン「不都合な真実」 ヒトの病気に対する効果を示す研究は少数

ここで気になる記述をいくつか引用しておこう。
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しかし安倍氏は、ある重要な事実をごまかしている。ビガンが実際に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して効果を発揮するという確たる証拠はないという事実だ。アビガンは、動物実験でこそエボラ出血熱など致死性の高い病気を治療する可能性を示したが、ヒトの病気に対する効果を示す研究はごく少数にとどまる。

安倍首相がアビガンを宣伝することで、慎重に行われるべき医薬品の承認プロセスが国家のリーダーによる異例の介入によってねじ曲げられるのではないか、との懸念が強まっている。

安倍氏はなぜここまで強くアビガンを推すのだろうか。その理由は定かではないが、日本の一部メディアは安倍氏と富士フイルムの古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)との親密な関係に触れている。首相の動静記録によると、2人は頻繁にゴルフや食事を共にしており、最後に会ったのは1月17日だった。
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アビガン以外の既存薬でも臨床試験が計画されているが、安倍首相のアビガンへの前のめり発言は異様に感じる。
効果が見られたという報告もあったが、現時点では、効果ははっきりしないという意見の方が優勢だ。

ただ、感染初期の患者には効くのではないかという意見もあり、期待する医療関係者も、副作用に配慮した条件付きで、アビガンを投与できるように求めている。

ただし、アビガンが無効だった場合に備えて、他の治療薬候補にも同程度に予算を投入して推進すべきではないか。
日々情報が更新される研究段階では、アビガンばかりに傾倒するのはギャンブルでしかない。

国内開発の医薬品を推して、「日本はすごい」と外国人に言わせたいテレビ番組と同じノリなのだろうか。

アビガンにこだわる理由が、富士フイルムの古森会長とゴルフをする仲だからというのは困ったものだ。
PCR関連の機器や試薬も含めて、ライフサイエンス分野を強化したい富士フイルムには好都合なことだろう。

実は、和訳で削除された箇所がある。

そこには、「国際感染症緊急事態への国際貢献に係る専門委員会」に呼ばれた民間企業が富士フイルムのみであることが書かれている。

そして、富士フイルムが用いた説明資料のリンクも New York Times では示されているが、東洋経済オンラインにはない。
www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/kokusaikouken_senmon/dai1/siryou3-3.pdf

この箇所を和訳で削除した理由は不明だ。
ちなみに、2月17日開催の専門委員会の議事次第は次のリンクから。
www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/kokusaikouken_senmon/dai1/gijisidai.pdf

他の候補薬についても検討すればいいのに、時間的制約があったのか、富士フイルム富山化学株式会社だけだ(議事次第での会社名が間違っている)。

公開されている事実なのに、わざわざ削除する意図が不明で、編集部に対する疑念も生じてしまう。
編集権は編集部にあるとしても、せっかく和訳した翻訳者の努力も尊重してほしいものだ。

東洋経済オンラインで和訳記事を公開してくれたことに感謝している人も多いが、全文和訳ではないことに気づいてほしい。
署名記事なのだから、本来はそのまま和訳すべきではないか。

記事が書かれて以降に新事実が報告されていたり、理解を助けるために補足したければ、それは2ページ目と同様に「編集部注」として追加すればいいのに。

訳抜けも含めて、このようなことが起こるので、オリジナルを確認するためにも、外国語を学ぶ意義は大きい。

私は個人的体験から、富士フイルムを信用していない。
以前は特徴ある写真フィルムを愛用したこともあるが、言い過ぎだと批判されたとしても、とにかくある体験から信用していない。
アビガンを信用しないというよりも、安倍首相が信じ込んでしまう状況を作ったと疑われるような会社なので、不信感を持っている。

また、催奇形性という副作用も、アビガンが使いにくい薬であるということを示している。

私は子どものときにサリドマイド事件のドキュメンタリー番組を観て衝撃を受けたし、姉が体に合わない薬を20年近く処方されて副作用に苦しんだので、特に慎重になってほしいと言いたい。

他国と比較しても意味はないかもしれないが、物理学博士のメルケル首相だったら、安全性にも配慮して決断するのではないかと思う。

具体的なデータに基づかず、根性ワードばかりの演説をする首相を持った日本国民は、不幸かもしれない。