学術用語の定義も変わることがあり、古い文献を読むときには注意が必要なことも多い。
また、使用が推奨されていない用語であっても、特定の分野では使われ続けることもある。

化学専門の博士であっても、すべてを知っているわけではないので、学生時代の知識に頼らず、改訂の有無を含めて、慎重な調査を怠ってはならない。

今回は、alcohol (アルコール)ROH の共役塩基であるアニオン種 RO- の名称を取り上げよう。
alkoxide(アルコキシド)と alcoholate(アルコラート)の2種類あり、alkoxide の方が優先される。

具体的なアルコールとして、methanol(メタノール)CH3OH では、「ヒドロキシ化合物に由来するアニオン」の命名法を適用して以下のように命名する。

CH3O- methoxide(メトキシド)  
PIN(優先IUPAC名)
      methanolate(メタノラート)
GIN(一般IUPAC名)

どちらもアニオン種の名称なのだが、alcoholate には、「アルコール和物」という「溶媒和物」としての意味もある。
さらに、「酒精剤」という薬学用語もある(英語では spirit を使うことが多い)。

alcoholate は多義語なのだが、IUPAC では、alcoholate を溶媒和物に使ってはならないとしている。
語尾の -ate は、アニオンを表すことが多いからだ。

IUPAC の Gold Book の説明は次の通り。

Synonymous with alkoxides. Alcoholate should not be used for solvates derived from an alcohol such as CaCl2
nROH, for the ending -ate often occurs in names for anions.

そのため「アルコール和物」
を英語では alcohol adduct (アルコール付加物)と書くことが増えた。
「メタノール和物」であれば、methanol adduct だ。

それでも、最近の論文や特許であっても、アルコール和物の意味で alcoholate を使っていることがあるので、注意が必要だ。

逆に、IUPAC の定義に忠実にアニオン種の意味で alcoholate を使っているのに、「アルコール和物」と間違って和訳した特許も出願されていた。

誤訳をしないためには、構造式や本文の説明、そして実験の部も読んで、alcoholate がアニオン種なのかどうかを確認しなければならないだろう。

ところで、日本語版のウィキペディアでは、alcoholate の説明が間違っているように思われる。
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%89
(2021年01月06日22時52分にアクセス)
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IUPAC命名法ではアルコキシドの別名としてアルコラート (alcoholate) という呼称も許容するが、アニオン種を表す場合はアルコラートと呼ぶことができない[1]。
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様々なサイトでそのまま引用されているのだが、これだけ広まってしまった場合、修正提案はどうしたらよいのだろうか。